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変換なしの雑食夢

ran

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日常 9

着いた途端、医師はいま物のけ騒ぎで卒倒した男の治癒に向かってしまって留守なのですと申し訳なさげに奥方に言われる。その奥方もすぐに行かなくてはならないらしく近くの宿屋にお願いいたしましたからそちらでお待ちくださいと言われる。明日には帰ってこられるといって奥方は出て行かれる。
失念していた。千曲に言われた話を思い出しながら私は宿場町に向かう。

「相模」
「(いままさにこの道がそうなのよね…夜な夜な旅人を引き摺り込む妖が出る)」
「おい」
「(今昼時分だから大丈夫かしら…ああでも向こうの草陰が!)」
「…」
「(目を閉じて歩けられたらいいのに!)」
「相模!」
「ひゃ!」
「?」
「え、あ!治部様」
「やはり馬に乗るか?」
「え?」
「顔色が良くない」
「…」
「無理をするな」
「…違うのです」
「?」
「笑いませんか?」
「ああ」
「私、怪談や物の怪の類が一切駄目で…あの宿場街へ向かうこの道が、その。物怪騒ぎの場所で」
「…ああ、そういう話らしいな」
「今の今まで失念していました。うう」
「それで、か」
「?」
「珍しくきょろきょろと…」
「笑わないお約束でしたのに」
「い、や。お前でも苦手なものがあるのだな」
「私も人でございますから」
「むくれるな」
「だって。もう幼い時から恐ろしくって。輩たちは揶揄うのですよ。刑部様の薬と治部様の診察がなければ…帰りたいくらいですのに」
「?」
「治部様?」
「私の?」
「一度見てもらってくださいませ。刑部様には私からお伝えするようにと言われておりましたから…」
「くだらん」
「そう仰らずに。何かありましたらいけませんし…その」
「?」
「差し出がましい話とは思いますが…心配ですもの」
「?!」
「ですから」
「…わかった」
「本当ですか」
「二言はない。にしても相模」
「?」
「着いたぞ」
「え?!あ!」
「居なかったな」
「…まだ昼間でしたから」
「くくく」
「!」
「むくれるな」
「もう。…治部様の意地悪」
「くくくっ。」
「またお笑いになる。もう」
「相模」
「…」
「おい」
「…はい」
「恐ろしいことがあれば私を呼べ」
「?」
「助けてやる」
「!」
「相模?」
「お笑いになったのに」
「いや、それは」
「…」
「?」
「やはり治部様はお優しい」
「…そういうのはお前くらいだ」





宿屋に行くぞと言われていつの間にか繋がれた手をひかれる。これで恐ろしくないだろうというのだから恥ずかしいですとも言えず私は頷く。治部様はお優しい。そういえば皆否定してくるけど真実、この方は優しいのだ。


「おい、部屋を頼む。」
「へぇ」
「涼元という医師から聞いていないか?」
「ああ。聞いております。ですが、その」
「なんだ?!」
「いま物怪騒ぎで人が多くって。相室しかないんですけど」
「?!」
「それが無理なら…あの道を戻って」
「治部様!」
「いや、だが」
「…本当に申し訳ないんですけど」
「…」
「わかった。それで良い」
「ありがとうございます。一応一番良い部屋は用意してあります」
「ああ」
「治部様?」
「…わかっていないだろう?」
「?」
「行けばわかる」




なにがだろうと思いながら部屋に通される。一畳が私たちの場所らしい。日当たりの良い、同室の方も穏やかそうでホッとしていると治部様はげんなりした様子で装束を改められる。それを手伝いながら私はお疲れになられましたか?と尋ねると再びげんなりとされる。




「寝具は一つだ」
「はぁ」
「…意味はわかっているのか?」
「はい」
「!」
「治部様は横になってお休みくださいませ。私は座ってでも寝れますので」
「な?!」
「?」
「いや、そうだ。そうだったお前は私より…」
「治部様?」
「いや…そうだ…佐吉と呼べ」
「佐吉様?」
「治部では同室の者が驚く」
「ああ。そうでございました。でしたら、私はりくとお呼びくださいませ」
「りく?」
「私の本名で御座いますよ」
「ほ?!な!!!」
「上がりました後使ったことはございませんでしたから。ふふふ。実はそういう名前でございます」
「り、く」
「はい。佐吉様」
「っ」
「失礼いたしまして私も小手を。」
「あ、ああ」
「佐吉様?」
「なんだ?」
「お茶を頂いてまいります。喉、渇きになられましたでしょう?」
「頼む…いや。」
「?」
「外へ行くぞ」
「外へ?」
「甘味屋でもなんでもあるだろう?」
「まぁ!」
「支度をしろ」
「只今。荷物、預けてきます」
「ああ」






日常 9






「美味しゅうございますね」
「私は食わん」
「勿体無い」
「…なんだ?」
「あーん」
「っ。」
「美味しゅうございますね」
「ああ」
「佐吉様」
「ん?」
「楽しゅうございますね」
「…」
「あ!また」
「くく…いや、いつものすまし顔と正反対だからな」
「お仕えしているのに私心で…いえ、いまもお仕え中でございました。刑部様もまだご本復しておいでになりませんのに」
「峠は越えている。あとは如何に寝るだけだ。佐渡が目を光らせているから心配するな。何より、羽根を伸ばしてこいと行きがけに言っていた。お前も休めと佐渡が。」
「まぁ」
「共に聞いていたはずなのだがな」
「それは!」
「物の怪か?」
「いいえ。どう言えば診察を受けて頂けるかと…」
「…そう、か」
「物の怪のことは忘れておりましたのに」
「それはすまない」
「笑った顔で言われても!」

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